日照権(にっしょうけん)とは、ある土地において隣地の建物などによって太陽光が遮蔽されることなく、一定の時間帯は日照を享受することができる権利です。
用語として法律の条文に明確な定義はされていません。しかしながら、快適な生活を送るためには必須の環境条件とみなされ、さまざまな判例からも法律で保護すべきものとされています。
以下で、日照権の考え方と法律の規制による具体的な保護の仕組みを考察しましょう。
この記事の目次
日照権はインターナショナルな権利?
日本では建築基準法によって、隣地に対して日照を確保するための規制がかけられます。
諸外国でも同様に日照権が認められることが多く、イギリスなどではすでに17世紀中旬から法律の規定があります。財産法によれば、住宅などの家屋の所有者には窓などの開口部からの太陽光を受ける権利が認められているのです。
たとえば、ある住宅に窓があり20年以上に渡って採光に用いられていた場合、隣地の所有者はこの採光を妨げるような形で建物を建てることはできません。
この権利は専門的には「採光地役権」と呼ばれています。
日本での日照権の歴史的経緯
日本では1920年12月に施行された、現行の「建築基準法」の前身である「市街地建築物法」により建物の高さが制限されており、最高高さは31メートルとされました。これは別名「100尺規制」とも呼ばれます。その後、1963年の建築基準法改正により容積率が導入され高さ制限は撤廃されました。
この影響もあり、高い建築物が隣地に建てられることにより日照がさえぎられるという問題が各地で起こるようになります。
そのため、1977年には再度建築基準法が改正され場所によって建物の高さを制限する「日影規制(にちえいきせい)」が導入されます。同じような規制に、1950年代に導入が始まり2000年代まで改正を繰り返した「斜線制限(しゃせんせいげん)」もあります。
日本の建築基準法では、日照を確保するためこのような経緯で建物の高さや外形を規制してきたのです。
法律によって保護する仕組み(その1):用途地域
日本の国土の分類と用途地域
都市計画法上では、日本の国土は大きく3つの区域に分けられます。
です。さらに「都市計画区域」は
に分けられます。以下に述べる用途地域を必ず定めるのは「市街化区域」のみで、「非線引き区域」「準都市計画区域」にも定めることができます。「市街化調整区域」には原則的には用途地域を定めることなく「両区域外」には定めることができないとされています。
日照権を確保するための法的な枠組みは、建築基準法の日影規制と斜線制限です。両者を理解するためには、都市計画法で定められている「用途地域」を押さえておく必要があります。
用途地域とは都市計画の考え方のひとつで、ある大きさを持つ土地(これを「地域」とよびます)の目的を制限して、秩序ある街や都市の形成を目指す基本的な枠組みと言えます。
都市デザインと用途地域
20世紀初頭に建築家や都市計画家から提案された都市デザインのコンセプトでは、働く場所と住む場所の分離が基本でした。これを「職住分離」と呼び、環境への配慮から商業と工業を分けて地域の性格を
の3つの用途に区分しました。ひとつの地域には主にひとつの用途で構成されるように法的規制で誘導するわけです。この考え方は、現代の都市計画でも生かされていて、3つの用途をさらに細かく区分して全部で13の地域が設定されています。
住居系用途地域の区分
住居は最も優先的に良好な環境を考慮すべき場所なので、細かく8種類の地域に分けられています。
住むための環境に特化した「住居専用地域」と、ある程度の商業・農業・工業施設と住居の調和を図る「住居地域」という2つの枠組みが基本です。さらにそれぞれを細かくわけた地域区分が定められるのです。
住居専用地域
◇平成29年2月に閣議決定し追加された用途地域である「田園住居地域」が新たに加わり、全部で5区分
住居地域
です。
商業系用途地域の区分
商業施設には、日常的な生活に必要な物品の購入のための施設と風俗営業を含む遊興施設などがあり、そのバランスをとるために2つの地域が定められています。
近隣商業地域
◇駅前商店街などの、中小規模の店舗や小規模の工場などが混在した地域
商業地域
◇この地域では建ぺい率や容積率の限度が大きいため、収益性の面から高層ビルの立地が誘導されることが一般的
工業系用途地域の区分
工場は排煙・騒音・汚水の排出など環境に影響を与える可能性があるため、住居系・商業系地域とは隔絶されるのが基本です。環境影響度からみて3つの地域に分類されています。
準工業地域
◇軽工業の工場や、住宅や商店の建築が可能
工業地域
◇学校・病院・ホテルなど多数の人が利用する施設は建てられない
工業専用地域
◇たとえば、花火工場などの危険性が高い工場の立地も認められる
その代わり、住宅の建設は認められていない
法律によって保護する仕組み(その2):日影規制
日影規制で高さを規制
日影とは、自分の土地にある建物によって隣地に投影される影のことです。日影規制では日の出から日没までの間に、一定の時間以上隣地に日影を生じさせない高さまで建物を低くすることが求められます。
この規制は日照権の保護のために主要な役割を果たしますが、規制対象は限定的なものです。「対象区域」は地方公共団体が条例で以下の用途地域内に指定します。第一種及び第二種低層住居専用地域にある対象区域では軒高が7メートルを超えるか、地階を除いて3階以上の建物が規制されます。
対象区域内にあり、高さが10メートルを超える建物が日影規制の対象になるのは第一種及び第二種中高層住居専用地域・第一種及び第二種住居地域内及び準住居地域です。
住居系以外にも、近隣商業地域・準工業地域が規制対象となります。また「都市計画区域」と「準都市計画区域」内にある用途地域が定められていない地域での日影規制の対象は、地方公共団体が条例で指定することになっています。
この場合、上記の高さ・階数を持つ建物のどちらかが指定されます。逆に言えば、日影規制が適用されない用途地域は
なのです。
日影規制の例外
用途地域や規模が適用条件から外れていても、日影規制の対象となる場合が2つあります。
1.同一敷地に2つ以上の建物があるとき
複数の建物はひとつの建物とみなされるため、単体では問題なくても別の建物に規制が適用されるとすべての建物が同じ規制対象となります。たとえば、第二種中高層住居専用地域にある敷地に高さ8メートルと高さ12メートルの2つの建物の計画があるとします。
ここが日影規制対象区域に指定されている場合、12メートルのほうはもちろん本来規制される高さではない8メートルのほうも対象とされるのです。
2.対象区域外の建物にも規制がかかることがある
年間を通して太陽高度が最も低くなり、建物の影が最も長くなるのは冬至の日です。高さが10メートルを超えており、冬至の日に対象地域に日影を生じさせる建物は対象区域内の建物とみなされて規制対象となります。
たとえば、商業地域または工業地域内の敷地に高さ15メートルの建物Aの計画があるとします。さらに、隣の敷地が近隣商業地域に含まれかつ条例で日影規制対象区域に指定されているケースを想定しましょう。
冬至の日の建物Aの日影が隣地に落ちてしまう場合、建物Aは近隣商業地域で日影規制対象区域にあるとみなされるのです。
法律によって保護する仕組み(その3):斜線制限
斜線制限は建物の外形を規制
地面から一定の基準で斜線を引いたとき、建物の外形がその線を超えないように規制されるものを斜線制限と呼んでいます。日影規制では日影を考慮した規制になっていますが、斜線制限では日照と共に通風等の確保もその目的に含む点に特徴があるのです。
斜線制限には
の3種があります。
北側にある隣地の日照・通風を確保する:北側斜線制限
東側に道路があり、北・西・南を他人の土地に囲まれた敷地Aがあり建物Bを建てる計画があるとします。
太陽が南中する時刻には、敷地Aの北側に建物Bの日影が発生します。この日影の時間をコントロールするための規制が北側斜線制限です。この制限が適用される用途地域は
です。
隣地の日照・通風を確保する:隣地斜線制限
同じ例で考えると、西に沈む太陽からの日射で敷地Aの東側の土地には建物Bの日影が発生します。
隣地斜線制限は
◇「都市計画区域」と「準都市計画区域」内にある用途地域が定められていない地域
に適用されます。
敷地に面した道路の日照・通風を確保する:道路斜線制限
これも同じ例で考えると、東から昇る太陽からの日射で敷地Aの西側の道路には建物Bの日影が生じます。道路斜線制限は3つの斜線制限のなかでも、最も適用範囲が広いものとなっています。
◇「都市計画区域」と「準都市計画区域」内にある用途地域が定められていない地域
が制限対象です。
建物を建てるときには日照のことをわすれずに!
日本は一筆の土地の大きさが比較的小さく、都市化が進んだ地域ほど隣地や道路との関係に敏感になる必要があります。特に日照権については、都市計画法や建築基準法による細かい規制で保護されています。
建物を建てることを目的に土地を売買するにあたっては、日影規制や斜線制限の制限区域に該当するかどうか事前に十分な調査を行いましょう。