不動産売買においてはさまざまな手続きがあります。その際に、不動産にまつわる権利、所有権や抵当権などは必ずといっていいほど目にする機会があることでしょう。しかし、これはあくまで持ち主と出資者の関係だけです。賃貸物件の扱いにおいては、そこに住んでいる人たちも関わってきます。そこで、住居人のための賃借権について紹介していきましょう。
賃借権とは何か
マンションやアパートなどの賃貸物件を扱う場合には、賃借権がかかわってきます。不動産に関する権利には、主に所有権、抵当権、そして賃借権の3つがあります。
所有権
所有権は土地や建物を所有する権利であり、建物の種類などの方針を決める権利を持っています。たとえば、所有権を持っている人が家に住むだけなら居住用の物件となり、住むのではなく店にするのであれば商用の物件といった具合です。建物をどのように扱うかは、所有権を持っている人が決めます。
抵当権
賃借権とセットで理解しておきたいものである抵当権は、銀行などの金融機関が不動産を資金の代わりにできる権利のことです。通常、不動産を購入しようとすれば多額の資金が必要になります。その際に、現金一括払いで決済できる人はそれほど多くないでしょう。そこで、金融機関でローンを組んで物件を購入するという手段を選びます。
ローンを組むときは、銀行側が住宅購入のための融資によって損失を出さないために、購入物件を強制的に担保に入れます。こうすることで、万が一融資した資金の返済が困難になっても担保にしていた物件を差し押さえて競売にかけることができます。
土地・建物を強制的に担保に入れるために、物件の購入とともに抵当権の登記が必要になります。抵当権の登記をすることで「この物件は銀行が担保に入れている」という旨を証明します。これらはマンションなどの所有者と資金提供者という二者間のやりとりになります。
賃借権
それに対して、賃借権はマンションの所有権には関係ない、第三者的な立場の人がもつ権利です。賃借権は、賃貸人と賃借人の立場に分けて考えられています。
賃貸人とは、物件を所有しており、それを貸す立場にある人のことをいいます。マンションなどのオーナー、大家さんといった人たちが賃貸人にあたります。一方、賃借人は賃貸人の所有物をある程度自由にあつかえる権利を持つ人を指します。賃借人からすれば、賃借権とは決まった範囲内であればオーナーの所有物を自由に使う代わりにお金を支払わなければならない義務とも言えます。
賃借権はどんな権利?
所有権や抵当権の本質は「ほかを寄せ付けない」というものです。「これは自分のものだ」と周囲にアピールすることで自分の財産を守るための権利とも言えます。そのため、関係性としては個人対不特定多数ということが言えます。
賃借権はこれとは違い、賃貸人と賃借人の相互関係から成り立っている権利です。所有権や抵当権は、第三者との線引きを明確にする権利ですが、賃借権は「お互いさま」というバランスのいい関係性を保っていくためのものと理解して良いでしょう。お金の貸し借りで言えば、借りて使うという権利をもらう代わりに確実に返済するという義務を負うということになります。
賃借権は、言い換えれば債権です。お金を自由に使う権利が債権ですが、お金を返す義務は債務とされます。これも、お金を使う側と貸す側の相互関係から成り立っています。
一方、所有権や抵当権は債権ではなく物権に分類されます。物権は、その字の通り物をもつ権利のことです。ここに債権のような相互関係はなく、ほかを寄せ付けないという性質があります。
賃借権と抵当権の力関係について
債権である賃借権と物権である抵当権において、法的な強制力では物権に軍配が上がります。
たとえば、賃貸物件に部屋を借りて住んでいる人がいると仮定しましょう。これは、建物の所有者に対して賃借権がすでに働いている状況です。このとき、所有者が物件にかけられている住宅ローンを返済できなくなった場合、建物の所有権は金融機関側に移ります。それに伴い、金融機関が物件を競売にかけるために住居人に退去命令を出したとすると、こちらが優先されます。
ほかにも、建物・土地の所有者が変わって新しく立て直し、土地の開発をすることになった場合、これも住居人は部屋を出ていかなければなりません。基本的に、所有権または抵当権を保有している人の決定には、賃借権をもっている住居人は逆らえません。それでも、賃借権で所有者に対抗できるケースがあります。それは、所有権移転が通常の売買契約によって行われたものではなく、抵当権の行使による競売で行われた場合です。
この場合、抵当権の設定登記をされる以前に部屋の明け渡しが住んでいるということが条件です。この場合、新しい所有者の退去命令に対抗することができます。
それでも、所有者の決定には逆らえず家を出ていかざるを得ない状況になりやすいものです。それで強制退去となった場合でも、実は救済措置として明け渡し猶予期間があります。これは、退去するまでに6カ月の期間が与えられるというものです。多くて半年間は準備期間が設定されるので、退去の決定は急だとしても、そこから新居を探す時間はそれなりに確保されているということを知っておきましょう。
賃借権と借地権について
賃借権と混同しやすいもののひとつに、借地権というものがあります。
借地権とは、借地借家法に基づいた権利であり、不動産の貸し借りにおいて発生するものです。賃借権は住居人が部屋を借りる権利であるのに対し、借地権は土地や建物そのものを借りる権利です。この賃借権と借地権は似たような言葉ではありますが、扱う対象が違います。違う言葉ですが、これらの権利が絡んだトラブルが起こるケースはよく見られます。たとえば、
Aさんという土地の所有者から、Bさんが土地を借りてハイツを建て、そこにCさんが住んでいるというパターン。
Aさんは土地の所有権、BさんはAさんの土地の借地権、CさんはBさんに対する賃借権をそれぞれ保有しています。あるとき、Aさんが土地を国の土地開発事業のためと売却しました。
土地を開発して道路を設置することになるため、通り道であるAさんの土地にはBさんが建てたハイツがありますが、Aさんが土地を売却することに対して借地権は対抗力を持っていません。そのため、ハイツの取り壊しは半強制的に決定します。そして、その取り壊しが決まったハイツに住んでいるCさんは、取り壊し着工前に退去するよう命令が出されました。
そのCさんも、土地の持ち主であるAさんはもちろん、ハイツのオーナーであるBさんにも賃借権で抵抗することはできません。
ただし、Cさんはこのまま退去命令を受け入れるしかないのが一般的ですが、Cさんの賃借権が対抗力を持つ場合があるのです。それは、部屋の明け渡し時期が、物件売却の事実が判明する一年以上前であるというパターンです。これは、賃借契約をBさんと結ぶタイミングで所有者が変わることが想定できた状況だったかどうかによります。
もし所有者が変わることが把握できる状況であれば、将来的に物件の取り壊しにともない退去になることが予測できるでしょう。所有者が変わることがわからなければ、物件の取り壊しという事態になることが想像もできないかもしれません。Cさんが予測できないであろう状況を考慮して、取り壊しの時期が延期されるということはありえます。
このように、賃借権と借地権が絡む出来事は実生活で比較的遭遇しやすいケースと言えます。
賃借権と登記
物権として非常に強力なのが所有権と抵当権であり、通常賃借権ではこれらに対抗する力がありません。そのため、所有権や抵当権はそれが正当に保有されているかを証明するために登記が義務付けられています。建物や土地を購入した際に必ず物権要素である所有権や抵当権は設定登記されますが、賃借権については登記の義務はありません。
賃借権は、賃貸物件の賃貸人、所有者と部屋の引き渡し契約をした時点で発生しますが、それを誰でもがわかるように証明する必要性は低いのです。それが賃借権の法的な抵抗力が弱い原因のひとつですが、賃借権も登記をすれば物権に対抗しうる権利になります。
賃借権の登記は可能ですが、前提として賃貸主の承諾を得る必要があることと、賃借物件の所有権が独立しているものであることです。
一軒家の賃貸物件であれば、大家さんに相談して登記することはできますが、マンションやハイツ内の一室だけの賃借権を登記することはできません。マンションであれば、区分マンションのように部屋ごとに所有権が分けられていれば、それぞれの所有者に話を通せば賃借権の登記申請をすることができます。
しかし、一般的には賃借権の登記申請に応じてもらえることはほとんどないため、賃借権には抵抗力がないのが実情です。
賃借権と相続
親や配偶者などが亡くなると、その人が所有していたものを相続することになるでしょう。土地や建物であれば、その所有権が相続人に移ります。賃借権でもそれは同様に認められ、部屋などを借りる権利が賃借人に関係する人に移ります。
夫婦と子どもの3人暮らしで、夫が死亡したというパターンでは、配偶者である妻に賃借権は移り、その妻も死亡すれば今度は子どもが賃借権をもつというように、権利は親類縁者に渡っていくものということがわかるでしょう。
ここで特殊な例を紹介します。
夫婦3人暮らしで、妻が戸籍上は他人である事実婚状態、つまり、内縁の妻であるときは、賃借権は原則妻ではなく子どもに移ります。賃借権が子どもに移るということは、戸籍上内縁の妻は夫家族に関係ない立場であることから、妻は部屋を出ていかなければならないということが言えるのです。このような事態を防ぐためにも、事実婚ではなく結婚の登記、籍を入れておくことが肝要でしょう。
賃借権を考慮して不動産売却を
賃貸物件の売却において、住居人の都合に関わらず、所有者は自由に物件を売却できる権利があります。 マンションなどの場合はそもそも賃借権の登記が認められませんが、区分マンションの一室や一軒家の賃貸であっても登記には所有者の協力が必要です。
売却の際に不利益を被るのであれば、登記は拒否することもできます。どうしても家賃を確保しなければならないなど、何か理由があれば登記を承認することもありますが、賃貸権の登記は義務ではないのでしなくても問題はありません。
物件の引き渡しなどで住居人とトラブルを起こさないためにも、不動産売買における賃借権の適用範囲や抵抗力について知っておくとよいでしょう。