「債権」あるいは「債務」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。一般的なイメージとして、債務といえば「借金」を連想する人は少なくないはずです。たしかに、借金も債務のひとつですが債務は借金だけを指すものではありません。不動産売却においても、無視できない「債権」「債務」が存在するのです。
ここでは、「債権」「債務」の定義や不動産売却というシーンでの代表的な債権・債務について解説します。
この記事の目次
債権・債務とは?
債権とは、人が「他者に対してある一定の行為(給付)を要求する権利」です。そして債務とは、人が「他者に対して負う、ある一定の行為(給付)をする義務」をいいます。
たとえば、銀行からお金を借り入れる場面を考えてみましょう。銀行から個人がお金を借りるときは、一般的に銀行との間で「金銭消費貸借契約」という契約を結びます。この契約によって、お金を借りた人は銀行に対して「お金を返す義務(債務)」を負い、銀行は借りた人に「お金を返せと請求する権利(債権)」を持つことになるのです。これらをそれぞれ、金銭消費貸借契約に基づく金銭債務・金銭債権と呼びます。
つまり、債権・債務は「金銭消費貸借契約」といった契約などの法律行為によって発生する権利・義務のことだと言えるでしょう。
債務を履行(実行)できなかった場合の責任
契約などによって何らかの「債務」を負った場合は、その債務を忠実に履行(実行)しなければいけません。契約で「何年何月何日までに」というように期限が定められているなら、その期限までに必ず債務を履行する必要があるのです。もしも定められた内容どおりに債務を履行できなかった場合は「債務不履行」となり「債務不履行責任」を負うことになります。
債務不履行のパターンは「履行遅滞」「履行不能」「不完全履行」という3つです。
履行遅滞
履行不能
不完全履行
「履行不能」の事例
「どうやっても不可能」の判断は事例ごとに変わりますが、たとえば債務の内容が「10万円を支払う」というものであるなら、この債務が「履行不能」になることはありません。というのも、お金は世の中に広く流通しているものであり世の中からお金が消えてなくなることはまずありえないからです。
個人の経済状況が悪くて手元にお金がなかろうとお金自体が社会に流通している以上、金銭債務が履行不能になることは考えられないのだと言えます。
「履行不能」が問題になるのは、たとえば「世界にひとつだけしか存在しない絵画」の、売買契約の事例です。
履行不能が問題になる売買契約の事例
その「世界にひとつだけしか存在しない絵画を買主に引き渡す債務」を負う
⇓
しかしたとえば
絵画の引き渡し期日までに火災などで絵画が焼失する事態が起きる
⇓
売買契約の対象となっていた「絵画」を引き渡すことは
燃えてしまった以上「どうやっても不可能」
ということになる
これが「履行不能」の代表例といってよいでしょう。
不完全履行の事例
です。
3つの「債務不履行」のうち、どのパターンに該当しても「債務不履行による損害賠償責任」を負うことになります。ただし、損害賠償責任が発生するのは「債務不履行になった責任が債務者にあるとき」です。つまり、債務者のせいで債務不履行になったわけではないのなら債務者は損害賠償責任を負わずに済みます。
不動産売却における債権・債務その1
不動産売却(売買)時に登場する債権・債務の代表例は、やはり「売買契約」に基づく「不動産の引渡し債務」と「不動産の代金支払い債務」でしょう。ちなみに、これらの債務はそれぞれ「不動産の引き渡し債権(請求権)」と「不動産の代金支払い債権(請求権)」とペアになっています。
不動産の売主は「不動産を引き渡す債務」と「代金を支払えと請求できる債権」を持ち、買主は「代金を支払う債務」と「不動産を引き渡せと請求できる債権」を持つということです。一般的に、これらの債務は同時に履行することになっています。つまり「不動産の引渡し」と「代金の支払い」を同日に済ませてしまうのです。こうすることによって、売主と買主それぞれのリスクを軽くすることができます。
売主からすれば「代金を支払ってもらっていないのに不動産を引き渡すなんてとんでもない」と思うことでしょう。このことは、買主の立場に立っても同様です。もちろん、売買契約の内容として「引き渡し後に代金を支払う」「代金支払い後に引き渡す」と定められていれば別ですが、そういったケースはめったにないでしょう。基本的には双方の債務は同時に履行されることになります。
では、不動産売却において「債務不履行」が問題になるのはどういったケースなのでしょうか。
債務不履行が問題になる事例
5月2日に建物の売買契約を結ぶとする
引き渡し日と代金支払い日はどちらも5月15日までと定められている
このとき
売主が負うのは
「5月15日までに建物を引き渡す債務」
買主が負うのは
「5月15日までに代金を支払う債務」
しかし、5月10日に建物に雷が落ちそれによって建物が全焼してしまった
売主の「建物を引き渡す債務」は履行できない=いわゆる「履行不能」
履行不能になった責任が売主にあるのなら、買主は「損害賠償」を請求できます。しかし、今回の場合は雷という「自然災害」によって履行不能となってしまったので、買主は損害賠償を請求できません。そうなると、買主の「代金を支払う債務」はどうなるのかが問題になります。
民法によると、不動産売買において一方の債務が「債務者の責任によらずに」履行不能になった場合でも、もう一方の債務は消滅しません。つまり、買主は建物の引き渡しを受けることができなくなったにもかかわらず建物の代金を支払わなければいけないということになります。しかし、この法律をそのまま適用すると、あまりにも売買契約のリスクが大きすぎるでしょう。ですから、一般的な不動産売買ではこの規定は特約によって除外されています。
つまり、一方の債務が債務者の責任によらずに履行できなくなった場合は債権者がその契約を解除できるというように定められるのが普通ということです。
不動産売却における債権・債務その2
不動産売買では、先述した「不動産の引き渡し債権・債務」と「代金支払い債権・債務」以外にもさまざまな債権・債務が登場します。どういった内容の債権・債務が発生するかは、売買契約の内容によって異なりますがここでも代表的な例を挙げて説明しましょう。
不動産売買契約には「売主は、不動産に付いている担保権を引き渡しまでにすべて抹消すること」という内容の特約が付されるのが一般的です。担保権とは、たとえば「抵当権」や「根抵当権」のことを指すと考えてください。
銀行に借り入れの申し込みをすると、ほとんどの場合において銀行はなんらかの担保を要求します。借主が不動産を有していて、その不動産に担保的な価値があるなら不動産に「抵当権」を設定することになるでしょう。抵当権が不動産に設定されると、もしも借主がお金を返せなくなったときに、銀行はその抵当権を実行します。抵当権を実行して不動産を競売にかけ、その売却代金から貸したお金を回収しようとするのです。
ちなみに、抵当権が設定されているかどうかはその不動産の登記簿を見ることでわかります。
不動産売買契約の内容として「売主は引き渡しまでに担保権をすべて抹消すること」という特約があるのなら、売主はその債務を負います。そして、買主は特約に基づいて「担保権を抹消してください」と請求できる債権を持つということです。
このように、売買契約の内容としてどのような特約を定めるかによって売主と買主が持つ債権・債務の種類は異なります。売買契約を締結する際は「自分がどのような債務を負うことになるのか」をしっかりと把握したうえで手続きを進めるようにしましょう。
不動産売却時に気を付けたい債権・債務の時効
債権(債務)には時効が存在します。たとえば、不動産の売買代金支払い債権の時効期間は10年です。つまり、売買代金を請求できるときから10年が経ってしまうと売買代金債権は時効によって消滅してしまいます。ただし、時効を止めることができないわけではありません。
たとえば、裁判上で「代金を支払え」と請求することで時効を中断することができます。また、売買代金の一部を債務者(買主)が支払った場合も、消滅時効が中断するので覚えておきましょう。時効の中断事由は、ご紹介した以外にもいくつか存在します。もしも、自分が持っている債権の時効消滅を不安に思うのであれば、弁護士などの専門家に相談するのがよいでしょう。
ちなみに、時効にまつわる不動産売却のトラブルとしては「他人が自分の土地を時効取得してしまった」ケースがしばしば問題になります。相続した土地を長年放置していていざ売却しようと思ったら、見知らぬ他人が土地をずっと占有していて時効取得していたという事態もありうるのです。
ですから、長年放置していた土地の売却を検討しているのであれば他人が占有していないかについて調査をしておくことをおすすめします。
自分が不動産売買でどんな債権・債務を負うのかをチェックしよう
不動産を売却する場合は、自分がどんな債権を有しどんな債務を負うことになるのかを理解しておくことは重要です。たとえば、先述したとおり売却予定の不動産に担保権が設定されているのならその担保権を抹消する債務を負うことになるでしょう。
担保権を抹消するためには、担保権の登記名義人である銀行に申し込んで抹消のための書類を準備してもらわなければいけません。この準備には、長くて1カ月程度の時間がかかることが多いので引き渡し日に間に合うようにスケジュールを逆算して行動に移すようにしましょう。
債権・債務の内容によって、売買において取るべき行動が変わってきます。契約内容について少しでも疑問点があるのなら不動産仲介業者に確認するなどして、慎重に不動産売却を進めましょう。