不動産取引をする際に、取引の対象となる土地や建物などに関心を持つのは当然ですが、取引の相手についてもきちんと確認することが大切です。契約の相手が成人であれば、ほとんどの場合問題はありませんが、なかには成人であっても単独では有効に契約を結ぶことができない人もいます。被保佐人も、そのひとつです。ここでは、被保佐人制度の意味と被保佐人と取引をする際に注意すべき点について、説明します。
この記事の目次
被保佐人と制限行為能力者制度
被保佐人とは
(民法第11条)
↓
家庭裁判所により「保佐開始の審判を受けた者」
(民法第12条)
をいいます。
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者
◇不動産の売買など重要な財産の処分などを単独で行うには不安がありほかの人の援助を受けなければならない程能力しかない人のことを指す
このような人は、本人や家族などが家庭裁判所に請求することによって保佐人が付されます。「保佐人が付いている人」という意味で「被保佐人」と呼ばれています。
意思能力と私的自治の原則
事理を弁識する能力
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たとえば誰かに対して自分の所有物を売るという意思表示をすれば代金と引き換えにその物と所有権を相手方に引き渡す義務が生じる
↓
このような自身が行う行為の意味をきちんと認識したうえでそれを行って良いのかを判断できる能力
民法では、「事理を弁識する能力」を備えていない人が法律行為をしても、無効だとされます。これは民法の条文には表現されていませんが
と理解されています。
事理を弁識する能力
↓
意思能力のない者が行った法律行為は無効であるというのが民法の原則
です。たとえば、10歳未満の幼児や重度の精神障害者、認知症の人や泥酔者が契約を結んでも、意思能力がないため無効となります。無効というのは、最初から法律上の効果を何も生じないという意味です。
制限行為能力者の制度
意思能力がない状態で法律行為を行っても無効ですが、後から「あのときは意思能力がなかった」と証明することは簡単ではありません。証明に失敗すれば、現実には意思能力がなかったにもかかわらず、法律上の義務を負ってしまうことになってしまいます。そこで、民法は意思能力が欠けるような人を類型化し、そのような人には単独で有効な法律行為をすることができないものと定めて、保護しています。
単独で、有効な法律行為を行う能力を「行為能力」と呼び、この行為能力に制限を設けるべき人を類型化しているのです。民法上、行為能力に制限のある制限行為能力者は
の4種類です。
制限行為能力者は、その種類によって単独では行えない行為が定められており、それらを単独で行った場合にはその法律行為を取り消すことができ、また、行為を行った当時に意思能力がなかったことを証明しなくても、法律上の義務を負わなくても済むように保護されています。
未成年者かは、身分証明書などの提示を受ければ確認できますし、ほかの制限行為能力者かの確認も、それらの登記がされていないことの証明書の提出を求めれば確認することができます。
この制度は、制限行為能力者を保護するものですが、取引相手にとってもメリットがあるものです。契約の事前に、制限行為能力者であるかどうかを確認する手段があるため、後から契約の効力がなくなるというリスクを避けることが可能です。
制限行為能力者の制度は、制限行為能力者本人を保護するだけでなく、取引の安全も図るものだと言えます。
保佐人の同意が必要な行為は?
では、保佐人の同意を得なければならない行為には、どのようなことがあるのでしょうか。
被保佐人が保佐人の同意を得なければならない行為とは
⇩
利息をつけてお金を貸すこと
■「借財又は保証をすること」
⇩
借金をすること
■「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」
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不動産を売却することなど
などが代表的です。たとえば、被保佐人からその所有する不動産を買い受ける場合に、保佐人の同意を得なければ後日売買契約を取り消されてしまう可能性があるということです。
保佐人には代理権があるわけではない
保佐人は、被保佐人が行う重要な法律行為に対して同意をする権限をもっていますが代理権までは、有していません。したがって、保佐人が被保佐人を代理して、契約を締結することなどはできません。
そのため、不動産取引を行うような場合に相手が単に保佐人だからといって、有効に契約を締結できると判断してはいけません。保佐人だからと代理権を必ず持っているとは限らず、代理権がない場合には無権代理となって契約の効果が被保佐人に発生することを主張できなくなります。
したがって、取引相手が保佐人であった場合には、被保佐人を代理して契約を結ぶと持ちかけてきても有効な代理権を有しているかどうか、きちんと事前に確認しておく必要があるのです。
取り消せるとはどういうことか
被保佐人が、保佐人の同意なしに行った重要な法律行為は取り消せるものとなっています。
取り消せるとは
↓
後日取り消すことができるということ
取消が行われると、その法律行為は行った時点にさかのぼり無効となります。
相手の催告権
被保佐人と契約をした相手としては、契約が一応有効に成立しているとはいえ、いつ取り消されるかわからず不安定な立場に置かれます。そこで、民法では契約の相手に「催告権」を与え法律関係を早期に安定させる手段を与えています。
この場合、被保佐人側としては取消か追認のいずれかを期間内に返答することになりますが、民法は期間内に返答がない場合の効果を定めています。
確答がない場合
■保佐人に対して行った場合
⇓
追認したものとみなす
■被保佐人に対して行った場合
⇓
取り消したものとみなす
としています。これにより、相手は早めに法律関係を確定させることが可能となります。
取消の効果
=その行為によって権利・義務は最初にさかのぼって消滅する
↓
たとえば
被保佐人が所有不動産を売却する契約を結ぶ
■被保佐人
不動産の引き渡しと所有権を移転する義務が生じ代金支払いを受ける権利を取得する
■買主
代金支払い義務とその不動産の引き渡し及び所有権移転を請求する権利を取得する
この、契約当事者に生じる権利や義務は、取消がなされると最初からなかったものとして扱われます。単に、契約書を交わしただけであれば大きな問題は生じませんが、契約を締結するとお互いの義務の履行をするのが通常です。
被保佐人は買主から代金を受け取り、買主は被保佐人から所有権移転を受けている段階で取り消されることも、多くあります。このような場合には、被保佐人が受領している代金も、買主が移転を受けた不動産の所有権も取り消しにより理由のないものになるのです。
権利義務が、最初からなかった状態に戻すにはお互いに受け取ったものを、返還しなければなりません。
返還義務
被保佐人が受け取った代金や買主が移転を受けた所有権は、法律上の原因がないのに取得している利益(不当利得)として、返還請求の対象となります。ただ、民法は制限行為能力者を保護するために、この不当利得返還義務に制限を設けています。
民法121条の但し書き
↓
不当利得はすべて返還しなければならないものですが、制限行為能力者は「現に利益を受けている限度」(現存利益)だけ返還すれば良い
と定め、手厚く保護しています。
現存利益
被保佐人が、受け取った売買代金をすべて借金の返済に充てたり、生活費に使ったりしても現存利益はあるため、代金を買主に返還しなければなりません。しかし、被保佐人が代金をギャンブルにつぎこむなどで浪費したような場合には、現存利益がないと判断されます。
このように、被保佐人が契約を取り消した場合には相手は被保佐人から、不当利得の返還を十分に受けることができなくなる可能性があります。取消により、権利義務がなかったものにされても、完全に元通りとは限りません。
このような理由からも、被保佐人との取引においては保佐人の同意を確実に得るなど、十分な注意を払うことが重要なのです。
なお、制限行為能力者が、完全な行為能力があると信じさせるために詐術を用いた場合には、取り消すことはできません。したがって、被保佐人として登記されていないことの証明書を、偽造して提出してきたような場合などは取り消せませんので、通常必要とされる注意を払っておけば問題ありません。
被保佐人と直接取引をしていなくても影響を受ける場合がある
被保佐人と、直接取引をしていない場合でも取消によって影響を受ける場合があります。
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買主1
↓
転売
↓
買主2
(影響を受ける)
この場合、最初の売主が被保佐人であることを知っていたかどうかにかかわらず、被保佐人の取消によって影響を受けます。最初の売主の、被保佐人が取り消しをすると、買主1は所有権を失うため買主2も所有権を取得できなくなります。
これは、制限行為能力者を保護する民法の趣旨からすれば、致し方ないものとも言えます。
しかし、最初の売買で被保佐人が取り消しをしたにもかかわらず、買主1に移転した所有権移転登記がそのままになっているような場合には、買主2が所有権移転登記を備えると、被保佐人に所有権を主張できるようになります
被保佐人側も、取り消しをしたのであれば所有権移転登記を元に戻すための努力は当然すべきであることから、公平な観点から、登記を早く備えた側が勝つとし、不動産の売却を受けた場合に不測の損害を被ることを避けるためには、所有権移転登記をきちんと備えておくことが非常に重要であることがわかります。
相手に行為能力があるのかどうかを意識しよう
被保佐人と、不動産取引を行う際には保佐人の同意を得ているかどうかを、確認することが大切です。また、万一保佐人の同意なしで契約に至った場合には、催告権をきちんと行使して法律関係を早期に確定する必要があります。
また、契約の相手方が完全な行為能力者であるかどうかに注意を払っておくことも重要です。万一不安を感じた場合には、行為能力に制限がかかっていないことを証明する「登記されていないことの証明書」の提出を求めるなど、きちんと確認をしてから取引を行うようにしましょう。
仮に、制限行為能力者でなかったとしても、契約当時に意思能力がない場合には契約は無効になってしまいます。契約の相手に、十分な判断能力がないことにつけこんで取引をしても、良いことはありません。
契約にあたっては、互いに契約内容を十分に理解したうえで意思の合致を図ることが、何よりも大切なことなのです。