高齢化に伴い、老後の財産管理はますます重要な課題となっています。生前贈与や遺言などを行う人が多いですが、認知症が進行した人の場合は、そういった法律上の行為をしても「無効」とされてしまう可能性が高いです。

このような場合には、成年後見制度を利用し、後見人が本人に代わって土地や財産を処分することができます。今回は、成年被後見人をめぐる不動産の処分について知っておきたいポイントをご紹介します。

「相続」では親族間で争う可能性が高い!土地は生前に処分するのがベター

民法上、相続は人が亡くなった瞬間から始まります(民法第882条)。

この亡くなった人のことを「被相続人」といい、遺族のうち相続によって財産を受け取ることができる人のことを「相続人」といいます。被相続人は、自分の財産について分割方法や割合を自由に決めることが可能です。遺言は、相続をめぐるトラブルを避ける方法として有効な手段の1つといえます。

後に親族間でもめないためにも土地は生前に処分

しかし、相続人には「遺留分」という権利があり、分割割合について異議を述べることが可能です。つまり、遺言を作成してあるといっても、相続の段階における親族間のトラブルを完全に避けることはできません。

トラブルは避けられないからといって、残される財産について何も対策をしておかないと、今度は相続人間の話し合いの場面でトラブルが発生する可能性が高くなるのです。相続をめぐるトラブルは年々増加しており、訴訟件数も増加の一途をたどっています。

相続をめぐるトラブルを避けたいと考えている場合には、生前に財産を分与しておいたり、土地を売却したお金で分割しやすくしたりした上で、生前に処分できなかった財産について遺言を作成する方法がおすすめです。

ところが、認知症や精神上の障害が進行した人の作った遺言は「無効」とされてしまいます。さらに、財産の分与や土地の売却も結果的には「無効」とされるのです。これは、認知症などが進行した人は、契約について内容を理解できない、あるいは自分にとって不利にならないかどうかを判断する力に欠けており、このような人は契約や贈与などをするべきではないと考えられているためです。

その代わり、「成年後見制度」を利用することで、後見人が本人に代わって契約や贈与などをすることができます。成年後見制度はより使いやすい制度として改善が進んでおり、認知症の親族だけではなく、独り暮らしをするご年配の人に対しても利用可能です。

「成年被後見人」ってどんな人?

成年後見制度は、認知症や精神障害、知的障害などを持った人をアンフェアな取引などから保護するための民法上の制度です。

成年後見制度には、精神上の障害の進行程度に応じて

◇成年被後見人
◇被保佐人
◇被補助人

という3段階の保護制度が用意されています。このうち、「成年被後見人」は成年後見制度の中では一番手厚い保護を受ける人です。

代表的なモデルケースは、認知症などの病気が進行することによって判断能力が衰えた人になります。成年被後見人は、日常生活に関わる取引や日用品の購入以外のことは全て自分ですることができません。成年被後見人の代わりに、後見人が法定代理人として贈与や売却などの契約を結びます。

よく勘違いされるのは、「事理を弁識する能力を欠いている」状態についてです。これは、24時間365日ずっと判断能力を欠いている状態というわけではなく、たまに我に返ったように判断能力を取り戻すこともあるが、おおむね判断能力のない状態であることを意味します。

ここで注意しておきたいのは、認知症などが進行している人なら誰でも成年被後見人であるというわけではないということです。誰が「成年被後見人」であるかは、家庭裁判所が判断をし、「審判」をすることによって認められます。

これは、成年被後見人が、日常生活に関わること以外の法律上の行為をすることができない、すなわち自由に取引をすることができないため、誰が成年被後見人であるかは慎重に決めなければならないためです。認知症の進行度合いは、審判を行う過程で精神鑑定などを行い、医師の意見を参考に家庭裁判所が判断します。

さらに、成年被後見人をサポートする後見人についても、家庭裁判所が決定する点にも注意しましょう。後見人は、成年被後見人に代わって取引をするだけではなく成年被後見人の財産を管理する人でもあるため、成年被後見人の財産を横領したりするような人が後見人にならないようにするためです。

成年後見の申立て方法と後見人にできること

家庭裁判所に成年被後見人と認めてもらうためには、家庭裁判所に対し後見開始の審判の申立てを行う必要があります。この申立ては、成年被後見人と認めてもらう予定の本人以外にその配偶者、4親等内の親族が行うことができます(民法第7条)。

本人に申立てをしてくれるような親族がいない、あるいはいたとしても音信不通である場合には、市区町村長が申立てをすることが可能です(老人福祉法第32条、知的障害者福祉法第28条、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第51条の11の2)。

たとえば、独り暮らし老人の方で認知症にり患しており、土地や建物などの財産があるにもかからず生活に困っているという場合に活用できます。

成年後見人は家庭裁判所で認めてもらう

申立てを行うのは、本人が住んでいる地域の家庭裁判所です。申立てを行う際には、後見人として適任だと考えられる人を候補者として推薦します。後見人には、成年被後見人の配偶者、4親等内の親族といった親族以外にも、弁護士や司法書士といった法律のプロが選ばれます。

後見人は1人だけではなく、複数人が選ばれる場合もあります。ただし、推薦した人が必ずしも後見人として選ばれるわけではありません。家庭裁判所は、本人の財産状況や後見人と本人との関係から不適任だと判断した場合には、別の人を後見人とする場合もあります。

申立てに際しては、後見開始申立書のほか、医師の診断書、本人の財産目録や申立人と本人・後見人候補者の戸籍謄本、本人が不動産を所有している場合には固定資産税評価証明書などの書類を提出しなければなりません。申立てについてはおよそ8000円前後の郵便切手や申立手数料を支払うことになります。手数料及び提出に必要な書類の費用などは、申立人が負担するのが原則です。

後見人の職務は、基本的に成年被後見人の財産管理や法定代理人として本人の代わりに契約を結ぶなどの行為になります。この他にも、本人の状態に応じて家庭裁判所が職務を加える場合があります。ただし、食事の介助といった介護や世話は職務に含まれることはありません。

後見人は成年被後見人本人のために職務を行う必要があります。後見人が本人にとって不利となるような契約を結んだり、本人の生活状況が困窮しているにもかかわらず放置したりしたような場合には、家庭裁判所によって解任されることもあるので注意が必要です。

成年被後見人の不動産を売る場合―非居住用不動産の場合―

成年被後見人の老後や生活再建を考え、成年被後見人の所有する不動産(土地、建物)を売却した方がよいと考えている場合には、成年被後見人本人の居住用の不動産であるか否かで手続きが変わってきます。先に、居住用でない不動産の処分についてご紹介します。

まず、居住用の不動産であるか否かは、成年被後見人本人が現在居住しているかどうか、現在居住していないとしても、過去に生活の本拠となっていたか、あるいは将来的に生活の本拠とする予定のある不動産であるかどうかによって判断されます。つまり、本人が施設に入っていたとしても、将来的に生活の本拠とする予定のある建物については居住用不動産とみなされる可能性があるので注意が必要です。

非居住用の不動産については、後見人の判断によって売却することが可能で、家庭裁判所による許可は必要ないです。ただし、売却する必要がある場合にのみ売却することができます。「売却する必要性がある」というのは、成年被後見人本人の生活費を確保したり、手術や入院に必要な医療費を負担したりするためといった、「本人」のために必要な場合のみです。

たとえば、成年被後見人の親族や後見人といった「本人」以外の人のために売却することは許されません。さらに、売却する際の価格についても気をつける必要があります。一般的な相場よりも非常に安い価格で売ることは、本人にとって不利となってしまうため、相当でないと家庭裁判所に判断されてしまう可能性が高いです。

また、後見開始の審判の際に家庭裁判所から後見監督人が選任されていた場合には、後見監督人の同意が必要になります(民法第864条)。

成年被後見人の不動産を売る場合―居住用不動産の場合―

居住用不動産を売却する場合には、家庭裁判所によって許可を得なければなりません(民法第859条の3)。家庭裁判所の許可が必要なのは、居住環境の変化が、場合によっては認知症などの進行を促してしまうなど悪影響を与えてしまう可能性があるためです。

家庭裁判所の許可を得ずに後見人が居住用不動産を売却してしまった場合には、その売却は無効、つまり「なかったこと」にされます。場合によっては、家庭裁判所によって後見人の職務を解任されてしまうこともあるので、居住用不動産を売却する際には慎重に手続きをすすめるようにしましょう。また、後見監督人が選任されている場合には、後見監督人の許可も必要です(民法第864条)。

家庭裁判所の許可を得るには、本人の住んでいる地域を管轄している家庭裁判所へ申立てを行います。申立ての際には、予定している契約についての契約書のコピーや不動産の全部事項証明書、固定資産評価証明書、不動産の査定書などを提出しなければなりません。許可を得られるかどうかは、非居住不動産と同様に売却の必要性があるか、本人とその親族がその土地を売却するについて反対していないか、売却金額などの条件などによって判断されます。

特に、本人が施設や入院先から帰宅する場合の帰宅先が確保されているかは重要な判断要素です。また、実際に売却されたとして、売却代金をどのように管理するかもチェックされますので、入金先や保管方法などについてもしっかりと準備しておく必要があります。

不動産を担保に入れる「リバースモーゲージ」も視野に入れよう

リバースモーゲージ
居住用の不動産を担保にしてお金を借り、本人の死亡の際に居住用不動産をお金に換価してお金を返すローンのこと

メリットとしては、居住用不動産を担保に入れはするものの、同不動産に住み続けて良いという点になります。デメリットとしては、担保に入れている居住用不動産の価値が下落してしまった場合には、融資してもらえる金額が減らされるリスクがあることです。

また、金利を支払う必要があるため、金利が将来的に変動した場合のリスクも背負わなければなりません。

不動産を担保にお金を借りるリバースモーゲージ

リバースモーゲージには、以下の3つのタイプがあります。

  1. 老人ホームなどの施設に入居するための頭金を借りるなど多額なお金が必要な際に便利な一括借り入れ型
  2. 生活資金の獲得など一定のお金を少しずつ受け取る年金型
  3. 借り入れられる金額を先に設定しておき、その借入金額の上限の範囲内で自由にお金を引き出せる借入枠型

リバースモーゲージは、成年被後見人も利用可能な融資方法になります。ただし、家庭裁判所の許可が必要です(民法第859条の3)。家庭裁判所の許可は、居住用不動産の場合と同じように手続きを行うことで得ることが可能です。

リバースモーゲージは、成年被後見人が不動産を手放したくない場合に利用することが考えられます。実際に利用する際には、借入先とよく話し合い、適切な条件や方法で利用するようにしましょう。

成年被後見人の不動産の管理行為について

成年被後見人の所有する不動産を後見人が管理することについては、家庭裁判所や後見監督人からの許可は必要ありません。

不動産の管理とは、固定資産税の支払いや、建物の修繕についての請負契約の締結、管理を任せている会社への管理費や共益費の支払いなどです。また、成年被後見人の不動産が借家であった場合には賃料を支払うことも含まれます。逆に、借家として運営されている場合には、賃借人から賃料を回収することが管理行為に該当するのです。

 成年被後見人の不動産の管理行為を怠ると、家庭裁判所から後見人の職を解任されてしまう場合があります。特に、居住用不動産については定期的に様子を見るようにしましょう。必要な場合には介護住居用としてリフォームの請負契約を結びます。

成年被後見人の生活が苦しい場合には、本人と家庭裁判所とよく話し合い、売却あるいはリバースモーゲージを検討しましょう。不動産の売却を含め、管理について疑問や不安がある場合には、家庭裁判所へ相談すると良いです。