不動産売却による登記手続きに必要なのが「権利書」です。不動産購入の経験がある人は、権利書がどういった書類かについてなんとなく心当たりがあるのではないでしょうか。しかし、権利書が具体的にどんなケースにおいて必要なのかを知っている人は少ないでしょう。ここでは、不動産売却に必要な権利証について、さまざまな面から解説します。

不動産売却における登記の重要性とは

登記の重要性とは?

権利書
不動産についての「権利の登記」を法務局に申請したときに、その登記名義人となる者に返還される書類

「権利の登記」にはたくさんの種類がありますが、一般的でなじみ深いのは「所有権移転登記」や「抵当権設定登記」などでしょう。

所有権移転登記と抵当権設定登記

所有権移転登記
不動産の売買によって所有権が移転したことを不動産登記簿に載せる(公示する)目的でなされる登記
抵当権設定登記
銀行などの金融機関から借り入れる際に「銀行が不動産を担保として抵当権を設定した」という事実を同じく不動産登記簿に載せるために申請される

不動産登記簿に権利の変動や設定を載せることで「この不動産の所有者は私ですよ」「この不動産には私の抵当権が設定されていますよ」ということを第三者に主張できるのです。ですから、不動産売買には「所有権移転登記」がつきものと言えます。

どういったトラブルがある?

では、所有権移転登記をしないとどういったトラブルが発生する可能性があるのでしょうか。考えられるのは、不動産の売主がひとつの不動産を同時に2人以上の買主に売却したような場合です。

このとき、2人の買主のうちどちらが「この不動産は私のものだ」と相手に対して主張できるかは「どちらが先に登記を申請するか」にかかっています。2人ともが適法な売買によって不動産を購入した以上、所有権移転登記を先に申請して登記簿に「所有権登記名義人」として名前が載った人が「私が所有者だ」と主張できるのです。

不動産を売買によって取得した人が、もしも所有権移転登記をせずに放置しておくと、売主が別の買主にその不動産を売却してしまうかもしれません。そして、新たな買主が先に所有権移転登記を備えてしまえば、その買主に対して「自分が先に取得したのだから自分が所有者だ」と主張することはできなくなってしまいます。

売主に支払った代金はどうなるかというのはまた別の問題として、不動産売却において登記がいかに重要かはわかっていただけたのではないでしょうか。そういった、同じ不動産が二重に売買されるケースは稀と言えますが、可能性はゼロではありません。

思わぬトラブルにまきこまれないためにも、不動産売買の際には確実かつ問題なく登記が申請できるように準備をしておく必要があります。

登記を申請するためには、売主と買主はそれぞれ必要な書類を用意しなければいけません。そして「権利書」は、売主が用意すべき書類なのです。

権利書とは?

今は権利書ではなく登記識別情報

先述したとおり、権利書とは「権利に関する登記」を法務局に申請したときに、その登記名義人となる者に対して返還される書類です。

ちなみに、2005年を皮切りに法務局のオンライン手続き化がスタートしてからは、権利書ではなく「登記識別情報」というものが登記名義人に対して発行されるようになりました。権利書と登記識別情報は名前や様式は違っても、不動産登記申請においては「同じもの」だと考えてよいでしょう。

2005年以前に「権利の登記(以下、所有権移転登記)」を申請するときは「登記申請書」とその副本を作成して法務局に提出していました。法務局の登記官は、申請書の副本に「登記済」と書かれたハンコを押して所有権の登記名義人となる者(不動産を購入した者)に返還していたのです。

つまり、所有権の権利書というのは「登記済」というハンコが押されて返還された申請書副本等のことを指します。

ちなみに、ハンコは四角形で枠のなかに「登記済」という文字と「登記が受け付けられた年月日」と「受付番号」があわせて記されており、この年月日と日付が重要な意味を持つことを覚えておきましょう。

買い主と売り主の共同申請

不動産を売却した場合の所有権移転登記は、不動産の買主と売主が共同して申請します。つまり、買主と売主がそれぞれ必要な書類などを準備して、両方が申請人となって登記を法務局に申請するということです。

そして「権利書」は売主が用意すべき書類のひとつなので、不動産売却時には権利書がちゃんと手元にあるかを確認しておくことが重要だと言えます。

たとえば、1990年に取得した土地を売りたい場合は、取得したときに発行された「権利書」を用意しなければいけません。取得した時期が何十年も前だと、権利証の保管場所がわからなくなっているケースもあります。

しかし、権利証を紛失したからといって登記が申請できないというわけではありません。

ちなみに、オンライン化によって「登記識別情報」が発行されるようになってからも、従来の「権利書」が使えなくなるわけではありません。登記識別情報が発行されるのは、あくまでオンライン化以降に登記を申請して登記名義人になった人に対してのみです。

権利書を紛失した場合の不動産売却

権利書を紛失したら?

不動産売却には「所有権移転登記」がつきものであり、所有権移転登記を申請するためには「権利書」が必要です。しかし、権利書が発行された年月日があまりにも昔だと、どこに保管したかを忘れてしまうことも珍しくありません。

しかし、権利書を紛失してしまった場合でも、以下でご紹介する方法によって「権利書の提出」に代えることができます。権利書は「売主が間違いなくその不動産の所有者であること」や「売主に、その不動産を売却する意思があること」などを証明するために提出する書類です。つまり、権利書を提出しなくても、それらの証明ができればいいという考え方が採用されています。

1.本人確認情報

権利書を紛失した場合にとれる方法の1つ目は「本人確認情報」の作成です。この方法では、司法書士などの資格者が実際に売主と面談して「売主が所有権の登記名義人であること」を確認し、それを証明する情報(本人確認情報)を作成します。

2.事前通知の利用

2つ目の方法が「事前通知」の利用です。権利書を添付せずに登記を申請すると、法務局から申請人(売主)の現住所あてに「本人限定受取郵便」で「通知」が発送されます。この通知に記載されているのは「売主が所有する不動産に関する登記申請がなされた旨」の報告です。

また「その登記申請を確かに申請人(所有者である売主)が申請したなら、そのように申し出なさい」という内容も記載されています。この通知に従い、一定期間内に「自分が確かに登記を申請しました」という申し出を法務局に対して行うことで、権利書を提出できなくても登記申請が受け付けられるのです。

権利書紛失時の登記申請では、一般的に「事前通知」よりも「本人確認情報」のほうが多く利用されます。事前通知では、期間内に申し出をし損ねると登記申請が却下されてしまううえに、登記申請が受け付けられるまでに時間がかかるからです。

その点、本人確認情報であれば、不動産売却(決済)の日までに司法書士などの資格者と面談をしておくことで、タイムラグのないスムーズな登記申請が可能になります。

権利書が盗まれたときの対処法

所有権移転登記がされるおそれはほとんどない

所有権移転登記申請のために売主が用意すべき書類は「権利書」だけではありません。発行から3カ月以内の印鑑証明書や、運転免許証のコピーといった本人確認書類なども準備しなければいけないのです。そういった書類は、原則として本人しか取得できないものとされています。

権利書のほかに印鑑証明書などを法務局に提出することで、売主である申請人が間違いなく所有権登記名義人本人であることを証明するという意味があるがのです。ですから、たとえ権利書が盗まれたとしても、それだけで勝手に所有権移転登記がなされるおそれはほとんどないと言えます。

不正登記防止申出

とはいえ、権利書が盗まれたと思われる場合はなんらかの対策をとるべきでしょう。すぐにできる対策として挙げられるのが「不正登記防止申出」という手続きです。権利書が盗まれた不動産を管轄する法務局に「不正登記防止申出書」を提出することで、提出から3カ月のあいだに何らかの登記申請があれば、そのことを法務局が知らせてくれます。

ちなみに、万が一盗まれた権利書や印鑑証明書で不正な所有権移転登記がなされたとしても、所有権自体が新たな登記名義人に移ることはありません。

しかし、それがたとえ不正な登記だったとしても、その登記を抹消して名義を自分に戻すためには新たな登記名義人の協力を得る必要があります。協力を得られない場合は裁判によって登記を抹消するための証明をしなければいけないのです。

そうなると、かなりの時間や手間がかかってしまいます。無用なトラブルに巻き込まれないためにも、権利書は厳重に保管しておきましょう。

相続した不動産を売却するときに権利書は必要?

相続した不動産を売却に権利書は必要?

不動産の所有者が亡くなったら、不動産の所有権は所有者の相続人へ当然に移転します。しかし、たとえば親から相続した不動産を売却するためには、買主への所有権移転登記の前提として「相続による所有権移転登記(以下、相続登記)」を申請しなければいけません。相続登記によって親から子に名義を変更してからでなければ、原則として新しい買主への所有権移転登記を申請することはできないのです。

ここで問題になるのが「相続登記を申請するために権利書は必要なのかどうか」ではないでしょうか。結論としては、相続登記の申請のために権利書を法務局に提出する必要はありません。権利書を法務局に提出しなければいけないケースというのは、不動産登記法によって定められています。相続登記は「権利書を法務局に提出しなければいけないケース」に含まれないので、権利書がなくても申請できるのです。

スムーズな不動産売却のために、まずは権利書の有無をチェック

 権利書がなければ不動産が売却できないというわけではありません。本人確認情報や事前通知制度などを利用することで、所有権移転登記を申請できるからです。しかし、本人確認情報を作成するとなるとそのための費用がかかりますし、事前通知制度は時間と手間がかかるうえにリスクもあります。ですから、スムーズに不動産を売却するためには権利書があるに越したことはないのです。不動産売却を考えているなら、まずは手元に不動産の権利書があるかどうかを確認しましょう。